@SchizghoeBillyをフォロー ツイート ブログ 失業とiPhoneと悔恨の日々: これもリスカ?Youtubeで削除された自血染め〜きっと鬱病のせいだよ〜

2011年11月26日土曜日

これもリスカ?Youtubeで削除された自血染め〜きっと鬱病のせいだよ〜

私は常々、リスカは本当に死ぬべきだと思っている。
正しく手首を切る方法も提案して来た。
何故ならリスカという行為は常に他者を観客としている。リストカットをする者たちは手首を切る際、人前で見せつける・人目に触れずに行うに拘らず、自分の様々な心情の内部を他者に見せつけたいという欲求に駆られて行うからである。

皮膚を切り開く行為とは自分の内部を曝すのと同義である。
流血とは生命に拘る液体を失い死に至り得る行為である。

故にリスカとは、流れ出る血液をもってして己の生命の危機の訴えを託し、強く他者の関心を買おうとする行為であると言えるのである。

だが、翻って考えてみれば、他人が彼らの手首を切ってその流血を見てくれと言って来たとして、あなたは彼らに関心を持つだろうか。せいぜいその内ある確率で死ぬかも知れない人物であるだろうと看做すだけではないだろうか。或いはあなたが目の前で人が死ぬのを見て見たいという価値観の持ち主なら人間関係を積極的に持とうと考えるかも知れないが。
現に私は犬の病気平癒を願い手の甲に切り付けた傷を自慢げに友達に見せようとしたが、冷笑されただけであった。

もう当人も分かっている通り、リスカは自己満足である。
しかしその満足は欺瞞である。
リスカを自慰行為のように続けている限り、真の欲求である他者からの関心は得られない。
リスカ以外の努力をするのが嫌な人は、死んでこの世からいなくなり、あるかも知れない別の世界やあの世に行くしかない。

もし今生きているこの世界が気に入っているか、未練があるならば、リスカという迷惑な自己開示をする前に

その皮膚の下の、血液が流れている身体を持った、自分自身の中身を充実させるべきである。



以下の画像はYoutubeにうpしたが規制に引っかかって削除され、アカウント削除の危機のにあった所を、すいませんの文を英語で送ったら何とかアカ削除だけは免れたという思い出のある動画の一部の画像である。
内容は自分の両手手首の内側に浮いている静脈から注射器で血液を吸い上げて、新しく買ったスケシューの真っ白い紐を染めようとするという動画で、ひょっとしたらここBloggerでも削除されてしまう可能性もあるかも…

でもこれもクビになる前、かなり精神的に異常をきたしていた時の行動なので、鬱病がなせる業ではないかと思うのです。









注射器で手首の静脈から血を吸い上げているところ


血を抜いたばかりの静脈の上の皮膚。まださほど目立たない


血を抜いてから数日後。段々内出血が広がって来たwww

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